2016/10/22

八代にて

今日は仕事で八代へ。
せっかく行くなら散策をしたい、と考えていたところに得た麦島 勝氏の写真展の情報。それも10月21日より開催なのだと。

もう4年前のことになるが、天草で開催された麦島氏の写真展で見た昭和の暮らしにとても感動した記憶が蘇った。その時のことはこちらに記録している。

今朝、出発前に新聞に目を通していたら、写真展初日の模様が記事として掲載されていた。麦島氏も来場されたのだそう。

写真展初日の模様を綴った地元紙

八代へは電車で行った。
最近はなるべく車を運転しないようにしている。
その方が移動時間を有効利用できるし、風景を楽しむこともできる。



八代駅は肥薩線の起点


八代駅に掲示されていたポスター

あいにくの雨はとても激しく降る

八代城跡 お堀にかかる橋


仕事を終え、八代市立博物館へ

未来の森ミュージアム 入口

入場券

写真展には164枚が展示されており、昭和の頃の八代、人吉、天草での写真が豊富にあった。昭和20〜30年代は私は生まれておらず知らない世界であるが、石炭が、漁が、観光が、と地域ならではの産業に関わる人々の活気と懸命に生きる様が写真を通して伝わってきた。まさに「古き良き時代」である。子どもも生活の担い手として家の手伝いや子守りをする。皆で支えあって生きていたことがわかる。現在は便利になりすぎた結果、時間の遣い方や人との関係など考え方や生き方に数々の弊害を招いたように思えて仕方がない。

麦島氏の写真は日常生活の一コマを捉えている。
中でも子どもたちが映った写真には思わず笑みがこぼれるほのぼのとしたものが多い。

「汽車ぽっぽはまだ来ない」
今回の展示作品で一番好きなのは「汽車ぽっぽはまだ来ない」である。
汽車を見たくて見たくてたまらず、線路の彼方をのぞき込む幼女がなんとも微笑ましい。


「紙芝居」
麦島氏の作品の中には紙芝居に関するものがいくつかある。上記の写真が今回展示されていたかどうかうろ覚えだが、「紙芝居」に関するものが1点あったことは記憶している。
なぜなら、写真を見て亡き父を思い出したからである。

父が幼い頃は昭和の復興期であり、皆が貧しい時代であった。しかしながら父は更に貧しかったのだそうだ。その証拠として話してくれたのが紙芝居屋のことであった。

夕方になると、どこからともなく紙芝居屋がやって来て、紙芝居を始める前に棒のついた飴を売っていたのだそうだ。子どもたちはそれを買い、舐めながら紙芝居を見ていたそうだが、貧しかった父はそれを買うことができなかった。買わずに前で紙芝居を見ようとすると紙芝居屋のおじさんに「あっちへ行け」とばかりに追いやられ、とても悔しい思いをしたそうだ。そこで意を決した父は、誰かが食べ終わって捨てられていた飴の棒を拾ってくわえ、いかにも買った飴を舐めているように演じて前方で紙芝居を見たそうだ。

麦島氏の写真を通して、私は父の幼い頃の姿を脳裏で見ていたようだ。今日見たであろう「紙芝居」の写真を覚えていないのだから。

麦島氏の写真はデジタルアーカイブされており、八代市立博物館のWEBページで見ることができる。私は「子ども・遊び・学校」というテーマを選択して出てきた写真を見ることが好きである。

昭和を生きて来た人も知らない世代も、生きることに懸命だった頃の日本の姿をぜひ見て頂きたい。

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