2014/03/16

ランニング三昧で変わったこと

自分でも信じられないことだが、あの私がマラソン大会に出場したのだ。
「どのお前だ?」と言われそうだが、私のこれまでを簡単に記す。

小学1年生の5月に腎臓病(ネフローゼ症候群)を宣告され、楽しみにしていたプールの授業に参加することなく、7月から4ヶ月の入院生活を送る。
退院後も運動禁止命令が解けぬまま、2年生の8月に4ヶ月の入院生活、その後、何度も入退院を繰り返し、結果小学生の頃には体育の授業はずっと見学していた。
中学生の頃は経過観察のため、体育の授業に参加してはいたものの、水泳などの激しい運動は控えていた。
高校生の頃も同様だったが、頻繁にめまいを起こし、よく保健室に運ばれ、同級生や先生方に面倒をかけており、成人しても治ることはなかった。
その結果、今でも泳ぐことができない。
とにかく身体が弱い私だったのだ。それが!

昨年もう少し身体を鍛えなきゃ!、と思ったきっかけがあり、走り始めた頃のブログがこちら →  運動公園ランデビューの感想


そして、この日を迎えた。
2014年3月9日(日) 第42回天草パールラインマラソン大会。
コースは、4.2km、10km、ハーフマラソンの3コースがあるのだが、今回の私は10kmコースに参加した。
10時15分に10kmコースのスタートを迎えるため、ハーフマラソンがスタートした10時直後から皆スタートラインに並ぶ。他の大会がどうだかわからないが、結構な芋洗い状態に思えた。速い人は前に、遅い人は後ろに並ぶそうだが、他と比較したことがなくよくわからない私は真ん中付近にいた。

スマホで自分の目線からの撮影
この日は朝から自転車+JRで来たため、既にちょっと疲れていて、完走できるかどうかが正直不安だったが、走ってみたら気持ちのよい海風、沿道からの声援、ランナーのパフォーマンス等、とても楽しく走った。
気づいたら、いつものペースよりかなり早くゴールしていた。
前の人について行ったのでそんな結果となったのだろう。それにしても走った後はとにかく疲れた。

スマホアプリ RunKeeper で計測しながら走った

つい先日、上天草市のWEBページに、今回の大会の写真が掲載されていたのを見つけた。
何十枚とある中、自分の写った写真を発見!

さあ、どこだ?

ここかな?
正解は、1枚目のこちら。

我ながらよく発見したな、と。
発見の決め手は、娘からもらったタオルを首に巻いていたこと。
走った証があってよかった、とホッとしたところだ。

これまでスポーツできなかった分を取り戻すかのように、何かが私を衝き動かしているような気がしてならない。

ところで、ランニングし始めてから、生活に変化が生じた。
あくまで、私の意識レベルが変わった、ということなのだが、それは、①食べるものに気をつけるようになったことと、②化粧をやめた、ということ。

①については、これまで本当に無頓着で食欲が満たされたらOK!、という感覚だった。
しかし、朝から走ろうと思うと、夜は早めに眠る必要があるし、そのためには胃袋が飽和状態だったり、偏った食事をしていると睡眠に影響したり、朝きつかったりすることを体得した。
きちんと長く走るためには、やはりバランスのよい食生活が大事なのだと思い、総菜や既製品には頼らずに、なるべく自分で作るようになった。

②については、課題を課すことによってランニングが自分との肉体面や精神面への挑戦であるように、自身の肌の持つ力を信じてみたくなった。それは化粧水や乳液などの基礎化粧品に頼らない、ということ。そして、ベースメイクやファンデーションを塗ることをやめ、クレンジングや洗顔で肌に負担をかけないようにする、というもの。眉や目、唇などはさすがにポイントメイクなるものを行うが、なるべく肌に負担をかけないようにしたいと思う。こちらはまだ始めて間もないため肌への善し悪しがわからないが、暫く続けてみたいと思う。


今日は父が亡くなってから丸一年を迎えた。
昨日無事に一周忌の法要を終えた。
父の存命中にはスポーツに縁も興味もなかった私、きっと天国でびっくりしつつも温かく見守ってくれていることだろう。

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